dlitの殴り書き

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出産・育児とうまくいかない体験を前提にするタイプの指導法

下記の記事を読んで,自分が出産前の体験イベントに参加したときのことを思い出したので少し体験談など。

anond.hatelabo.jp

といっても重りを付けるというものではなくて,沐浴を人形を使ってやってみようというものだった。

時間がなくて私を含め全員が体験することはできなかったのだけれど,手順の説明を聞いただけで(え,その作業をほんとに首のすわってない赤ちゃんでできるの…?)と思ったのを覚えている。実際,ある程度慣れてはいったけど沐浴の時はいつも緊張していたし,沐浴から一緒にお風呂に移行した時にだいぶほっとしたのも覚えている。緊張感はお風呂でもしばらく続くわけだけど…

教育の話

さて,上の記事ではうまくいかないことの体験を踏まえた指導法・教育について言及されていて教員としてはこちらも気になった(妊婦・育児の体験学習と学校教育がどれぐらい並行的に語れるかということについては考慮の余地があると思う)。ちょっと違う話かもしれないが,以前大学の授業で最初に受講生の現在の価値観を揺さぶるような強いショックを与えるようなやり方の是非が話題になったことがあったのを思い出した。

まだ大学で授業を持つようになって10年ぐらいなので単に技術がないからかもしれないが(そもそも適性がないというような話かもしれない),まず何かを試しにやってもらって,それがうまくいかないことを前提にした教育や指導というのは相当難しいと感じる。あと,仮にうまくいって「教育的効果」があったとして,それって倫理的に良いのかというようなことも考えてしまう。もちろん,何かやって結果的にうまくいかなかったということを踏まえた授業をすることはある。

おまけ

ところで,元の重りを付けるという体験学習のやり方については,どうしても話を提供する側に寄って考えてしまうからか,「もっとうまくできるはずなのにやり方が悪かった」とはなかなか簡単に言えないように思ってしまう。

たとえば,反応として「もっと重い重りにすれば」みたいなものもあるが,ケガの可能性が高まるので実際には採用しづらいんじゃないだろうか。VRがうまく使えるようになると解決できるんですかね。